期日:2023年2月10日(金)
主催:日本商工会議所・全国観光土産品連盟
テーマ:『人生100年時代における観光・観光土産品への期待』
登壇者:
前野 隆司氏 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
辻 よしなり氏 アナウンサー
松浦 真弓氏 アステリア(株)地域活性化エバンジェリスト
松浦エバンジェリスト:モデレーターを務める松浦です。日頃はIT企業のエバンジェリストを務めており、全国津々浦々講演に行ったり、ワーケーションで伺ったりしています。訪問の際には日本酒やワインの資格を持っているので、訪れた地域の美味しいお酒を知人にお土産として購入したりして楽しんでいます。本日はよろしくお願いいたします。
さて、先ず前野教授から自己紹介を兼ねて、研究されている「ウェルビーイング」についてお話をいただけますか。
商工会議所の創設者・渋澤栄一さんはウェルビーイングの先駆者
前野教授:「ウェルビーイング」とは、人生100年時代を迎え、欧米を中心に広まってきている考え方で、幸福感を個人の心身と、社会的な視点でとらえようというものです。
幸せの因子には、やりがいを持ち、主体性の高い人の「やってみよう」因子、つながりや感謝を持つ人の「ありがとう」因子、前向きかつ楽観的で、ポジティブな人の「なんとかなる」因子、自分らしさを保つ人の「ありのままに」因子の4つに分けられます。
日本の商工会議所の創設者である渋澤栄一さんは、「論語と算盤」で有名ですが、規律と算術とのバランスを取りながら、あらゆる活動において幸せを探求したという点で、ウェルビーイングにおける日本の経営者の先駆者と言えます。
当たり前であることの幸せ
辻アナウンサー(以下肩書を省略):元テレビ朝日アナウンサーとして、スポーツ実況やワイドショー・バラエティの司会を経て現在フリーアナウンサーです。ここ10数年はキャンピングカーを所有し、各地に旅にでかけ、旅・幸せを体験しています。
前野先生がお話されたウェルビーイングに関して、自身の体験をご披露します。以前に取材で京都のお茶屋さんにお伺いした時に、床の間に「柳緑花紅」と言う掛け軸が掲げられており、ご主人から、日頃、刺激的な生活を送られている辻さんへのメッセージとして、「当たり前のことを当たり前にできていることが幸せ」であると言うことを伝えられたことがありました。改めてコロナ禍やウクライナ情勢の中で、そのメッセージを思い起こし、「穏やかな幸せ」を実感しています。
前野:欧米では、「happy」は「happen」が語源と言うこともあり、辻さんが言われたような「穏やかな幸せ」と言う感覚はなく、極めて東洋人的な感覚であることが最近指摘されています。
松浦:ご指摘のとおり、コロナ禍で私の会社もテレワーク率が9割となっていて、自宅でテレワークしていることが多いです。ですから仕事の合間に日光を浴びて外の新鮮な空気を吸って、辻さんのおっしゃる「当たり前の幸せ」を実感しています。
辻:特に今のような状況ですと、身近にいる奥さんや飼い犬、そして親への感謝を感じるようになっていて、「ありがとう」と言うようになっています。自分自身も、それによってオキシトシンが出てプラスの感覚を感じています。
前野:仰る通り、家庭でも職場でも「ありがとう」と口にすることで、オキシトシン、セロトニンが分泌され、幸福感を感じる効果があるとの報告があります。
ウェルビーイングから考える旅行・観光土産品の役割
松浦:ウェルビーイングに対して、旅行や土産品はどのような役割を持つのでしょうか。
辻:今回、このテーマをいただいたときに思ったのは、旅行やお土産については「能動的」と「受動的」があると感じました。
自分のために買うものは「能動的」で、職場向けに買う、外交辞令的あるいは潤滑油的なものは「受動的」と言えるかなと思います。土産品にも民芸品・食品・菓子と言った分類がありますが、このふたつの視点で作られてみるのも手かなと思います。能動的なお土産は、定番のお菓子の横にあるのをふと発見したりすることで喜びを感じられると思います。
松浦:私も旅行や出張に行ったときには、その土地でしか買えないお酒を見つけたりすると、帰ってから知人にふるまい、喜びあう姿を思い浮かべて購入します。
辻:その土地が生んだもの、その土地を感じられると言うのは、購入する際にはずせないポイントですね。
前野:自分へのご褒美は、「ありのまま」因子につながり、自己肯定感であったり、個性的な選択につながります。また職場へのお土産は、「ありがとう」因子であり、職場の方々とのつながりや感謝、思いやりを持つことで幸せを感じられます。一方で、美しさの研究と言うものがあり、美しいものや、五感に訴えるものを作っている人は幸せであると言われています。誰かに配られて幸せを届ける、お土産を作っている方自身も幸せを感じていると言えます。
辻:いわば、お土産を作っている方々の存在が「パワースポット」みたいなもので、それを購入し配ると言うことは、その「パワー」を伝播していると言えそうですね。
松浦:その「パワー」を持つお土産を認知してもらい、いかに伝播できるかが課題ですね。
辻:60代70代まで全世代的にやっておられると思うが、SNSやインスタグラムは一つのツールかなと思います。インスタ映えするものをアップし、それにリアクションしたりしあう。思わずアップしたくなるものや、この場所にきたらこれだよねと言ったものをアップすることで伝播していく。
松浦:地域の人に、本当においしいものを聞き、たとえば空港や新幹線の駅で手に入らないものを手に入れた時の喜びは格別ですね。
辻:亡くなられたアントニオ猪木さんにはお世話になった。その猪木さんから、戦いの構図として風車の理論を教わりました。自分の力だけで戦おうとしても疲れるので、相手の力を使って投げたり固めたりするのだと。そういった意味では、ご自分だけで広報PRをやらなければと言うよりも、今の流れだと「ハッシュタグ」を利用することが重要かなと考えます。みんなの「いいね」を利用して、自分のホームページに手繰り寄せたり、売上につなげると言うことです。
お土産が取り持つ人づき合い
松浦:次にお土産のエピソードについてご披露いただけますか。
前野:私自身は、お土産を買うのが苦手なのですが、妻がお土産好き。海外に行くと先ずスーツケースを購入して、そのスーツケースいっぱいのお土産を買って帰り、近所などに配っている。そのお土産が人と人をつないだり、倍返しでお返しが来たりして、潤滑剤となっています。当然、近所づき合いがない人とある人とでは、ある人の方がより幸福度が高くなります。
松浦:まさに「お土産コミュニケーション」とでも言えそうですね。お土産によって、新しい関係ができることはウェルビーイングの第一歩となりますね。
辻:東京から神奈川へ引っ越しして7~8年となりますが、今一番ご近所づき合いが活性化しています。元々、犬との生活を考えて海のある場所へ引っ越したのですが、犬を媒介して人と人とがつながっています。子供を仲介する関係の場合だと、受験などで断絶してしまうこともありますが、犬には今のところそれはないです。先日も取材先からもらってきたネギをお分けしたところ、蟹になって返ってきた。大切だと思ってもらっていると感じられることで、セロトニンが出て、幸せを感じられるのだと思いました。
東京にいた時にはあまり感じられませんでしたが、地域に住んでみて自分がいることで楽しく感じてくれているのを経験すると、より一層その地域に住んでいたいと思うようになります。
松浦:お土産がきっかけで、行ったことのないその土地へ行ってみようと言う、観光へのスターターの役割と言うものもありそうですね。
顔が見える観光・観光土産品づくり
前野:私の場合、地域への旅行と言うと出張がメインで人に会いに行くことが目的となっています。そういった意味では顔の見える幸せと言うことを実感しています。例えば梅干し農家などの生産者の顔が見えるとうれしい。誰々さんが心を込めて作ったものと言うことで、顔の見えるお土産が増えてくれると良いなと思います。
松浦:確かにお酒の業界では、コロナ禍を期にオンラインで杜氏さんが出てきて、酒造りの工夫を語ったりして人気を博していたので、お酒以外にも広まると良いなと思います。
辻:前野さんの生産者の顔を見せると言うのは、消費者の方にとっても、安全・安心感をもって購入することにつながりますね。また消費者は「愛する奥様に」とか「頑張って働いている旦那様へ」と言ったPOPの呼びかけに弱かったりする。まさに魂を揺さぶるようにすると、つい買いたくなったりすると思います。高知大では農業と加工業を結びつけることをやっており、その一環として販促やPRのアドバイスを求められたことがある。売るシステムを活性化したり、マルシェを地域で実践しているので参考になるのではないかと思います。
松浦:ウェルビーイングと観光・観光土産品と言う従来ない取合せのテーマ設定となりましたが、あっという間に終了時刻となりました。今後とも観光・観光土産品の今後の発展に期待して、クロージングにしたいと思います。前野教授、辻アナウンサーどうもありがとうございました。